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2026.02.11

浄土真宗豆知識

生前に法名を受けましょう

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「法名(ほうみょう)」というと、
「亡くなったあとにつけてもらう名前」というイメージをお持ちの方が多いかもしれません。

しかし、真宗大谷派において法名は、本来そのようなものではありません。

法名とは、生きている今、仏さまの教えをよりどころとして生きることを確かめる名前です。

法名は"仏弟子としての名前"

真宗では、自分の努力や修行によって救いを得るとは考えません。
阿弥陀如来のはたらきによって、すでにすべての人に救いの道が開かれているといただきます。

法名は、その教えに出遇い、

仏の教えをよりどころに生きていきます

と確かめる、仏弟子としての名前です。

位や功徳の大小を表すものではありません。
条件を満たした証明でもありません。

それは、「これからの私の生き方」をあらわす名前です。

なぜ、生前にいただくのでしょうか

真宗では、信心は「今、この身」において成り立つと受けとめます。

だからこそ法名も、本来は生きているうちにいただくものです。

亡くなった後のための準備ではなく、

今をどう生きるか
何をよりどころに生きるのか

を確かめる出来事なのです。

生前に法名をいただくことは、人生の締めくくりのためではなく、
これからの人生を歩むための確かなよりどころを持つことにほかなりません。

「釋」「釋尼」は自由に選べます

真宗大谷派の法名には、「釋(しゃく)」あるいは「釋尼(しゃくに)」という文字がつきます。
これは「お釈迦さまの弟子」という意味です。

そして現在、真宗大谷派では、

男性・女性に関わらず、「釋」「釋尼」を自由に選ぶことができます。

戸籍上の性別ではなく、ご自身の性自認にもとづいて選択することができます。

これは、「仏の前ではすべての人が等しく尊い存在である」という教えに立つ姿勢のあらわれです。

多様性の時代において

現代は、多様な生き方や価値観が尊重される時代です。

しかし真宗の教えは、はるか昔から、

能力の違い

立場の違い

性別や条件の違い

によって人の価値が決まるのではない、と説いてきました。

阿弥陀如来の願いは、すべての人に平等にはたらいているといただきます。

だからこそ私たちもまた、
一人ひとりのあり方を尊重し、寛容でありたいと願っています。

法名の選択においても、その姿勢を大切にしています。

生前に法名をいただくということ

法名は、特別な人のためのものではありません。

それは、

私は何をよりどころに生きるのか

という問いに向き合う中でいただく、仏弟子としての名前です。

どうか、生きている今、
ご自身の歩みの中で法名をいただくことをお考えください。

それは、人生をより確かなものとして歩むための、
静かで力強い一歩となることでしょう。

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